坂井 喬紘
表面処理技術の一つである薄膜コーティングは,金属材料のみならずセラミックスやプラスチックの表面処理技術として広く適用されている.薄膜コーティングの目的は基材表面の機械的および電磁気特性の向上のみならず,新機能の付与など多岐にわたり,目的に応じて硬質クロムメッキ(HCr-P)や無電解ニッケルメッキ(NENi-P),DLC(Diamond-like carbon)皮膜など種々の薄膜コーティングが,電気化学的方法や蒸着法など様々な施工方法により成膜されている.薄膜コーティングは,その目的,材質,成膜方法も多種・多様であるものの,目的とする機能を発揮し続けるためには,皮膜自体の特性に加え基材への十分な密着強度が必要不可欠である.
薄膜の密着性評価は各種提案されており,例えば電解めっきの密着性評価はJIS H8504で規格化されている.その他,基材に引張負荷を与えることにより皮膜に周期的な分割き裂を生じさせ,分割き裂の発生が飽和した後のき裂間隔から界面せん断強度を評価する方法がAgrawalとRajにより提案されている.この方法は非常に簡便に脆性薄膜のせん断密着強度を評価できる方法であるが,仮定した界面応力の分布状態や試験技術には改良の余地が残る.また,この手法は密着強度の相対比較等には有用であるが,破壊力学的パラメータによる評価も求められている.
以上の背景から,本研究では,基材に引張負荷を与えることにより皮膜に発生する分割き裂が臨界ひずみで飽和する現象に着目し,脆性薄膜のコーティングの界面強度評価法の開発を目指し,系統的な検討を行った.
先ず,皮膜中に周期的な分割き裂を有する薄膜コーティング部材をモデル化し,基材に界面と平行な引張ひずみが作用したときの応力分布を弾性有限要素法解析で評価した.そして,得られた界面せん断応力を余弦関数で近似し,Shear-lag理論を参考に,界面せん断応力と皮膜応力との平衡条件から臨界界面せん応力の算出式を導出した.
さらに,弾性有限要素法解析を援用して界面破壊靱性値の評価式を検討した.解析において,分割き裂先端から界面に沿って進展したき裂を有するモデルを仮定し,直接応力法により応力拡大係数を評価した.そして,界面き裂長さがゼロとなる応力拡大係数を外挿して界面破壊靱性式を導出した.
HCr-P皮膜,NENi-P皮膜およびDLC皮膜を成膜した3種類の試験片(基材はS50C)を供試材として,得られた評価式により臨界界面せん断応力および界面破壊靱性値を評価した.本研究では,より容易な負荷方法として4点曲げ試験を選択し,試験中のAE信号計測により皮膜の破断ひずみを評価した.実験により得られた結果を以下に示す.
1) HCr-P皮膜は,成膜時に発生した初期内部応力により亀甲状き裂が形成され,引張負荷を加えても亀甲状き裂の開口と細分化のみが生じた.そのため,周期的分割き裂を発生させることができず,本手法は適用不可であった.
2) DLC皮膜では,周期的分割き裂が発生し,本手法を適用可能であった.一方,NENi-P皮膜では,膜厚がある程度厚い場合は周期的分割き裂が発生したものの,臨界膜厚以下では分割き裂が発生しなかった.すなわち,膜厚により本手法の適用が制限された.
3) 膜厚が厚いNENi-P皮膜では,AE信号と分割き裂発生の相関が認められ,AE信号から皮膜の破断ひずみ,および,周期分割き裂が飽和する臨界ひずみを同定できた.一方,DLC皮膜では,AE信号の検出が困難であったため,皮膜の破断ひずみおよび周期分割き裂が飽和する臨界ひずみを同定することができなかった.
4) NENi-P皮膜に対して,破断ひずみと周期き裂の飽和き裂間隔から,臨界界面せん断応力が評価できた. DLC皮膜に対しては,別途破断ひずみを評価することにより臨界界面せん断応力が評価可能であった.得られた臨界界面せん断応力は,膜厚に依存せず,また,経験的な密着強度と一致していたことから,本手法は脆性薄膜の密着性を評価する手法として有効である.
5) NENi-P皮膜に対して,周期分割き裂が飽和する臨界ひずみより,界面破壊靱性値が評価可能であった.しかし,評価結果は膜厚に依存して大きく異なり,経験的な密着強度から予想される界面破壊靱性に比べて極めて高かった.そこで,その要因となる評価式の導出法および試験法の問題点を検討・考察した.